身の回りで悲劇が起きないように、よその子だって気配りしたいものです

目黒区の件、心痛めた方は多いのではないでしょうか。

実際には今回の件だけではなく、年単位で多く子供が犠牲になったニュースを聞きそして心痛めます。

特に子育て世代では自分の子供たちと姿を重ね、もちろん育児の終わった世代は過去の我が子、はたまた孫に姿を重ね、辛い思いをされるはずですが、私の思いを少しだけ書いてみたいと思います。

 

現在私は2人の息子と1人の娘、3人の子供に恵まれて過ごしています。

でも、娘の生まれる前に息子がもう一人いました。

彼は6歳でこの世を去りました。

生きていれば14歳、中学生2年生でした。

凄く活発な子で、長男と三男の間をうまく取り持ちながら、くったくのない笑いかたに癒されながらも、一度泣きだすと止まらず手を焼かされたことを思い出しますが、今でも自慢の息子です。

 

よく下の子が出来ると、上の子供がやきもちを焼くという話を聞いたことがあると思います。

なので、我が家でもなるべく下の子に付きっきりにならないように上の子の気持ちも意識して育てようとしました。

何せ親は2人いるわけですから、どうしても手の掛る下の子の面倒を妻が見ている間は、私が上の子を私が世話をすることで、上の子が不安にならないようにしようと思ったわけです。

 

時は過ぎ、気付けば次男も大きくなり、三男も生まれました。

次第に子供たちも身の回りのことが自分で出来るようになり、子どもの世話に追われるというより子供と過ごす時間を単純に楽しめるようになりました。

そんなとき悲劇は起きました。

 

なんの前触れもない息子との突然の別れ。

私が病院に着いた時にはもう息子はこの世にいませんでした。

そこから私に付きまとったのは自責の念でした。

 

・自分の愛し方が足らなかったのではないだろうか。

・この家に生まれてきて寂しい思いをさせなかっただろうか。

・もっともっと抱きしめてやればよかった。

・あの日仕事を翌日に回して帰ればよかった。

 

全てが後悔になり、いろんな思いに悩み、涙とはこんなに出るのかというくらい泣いて過ごしました。

この思いは一つに、この子が産まれた時に「下の子に付きっきりにならないように上の子の気持ちも意識して育てよう」と考えてしまったことにあるのかなと思いました。

 

時薬といいますが息子のいない生活にも慣れ、今では普通に生活していますが、やはりこういったニュースが流れるたびに虐待の被害あった子供の心境は、きっともっと親に抱きしめてもらいたかっただろう、褒めてほしかっただろうと思うと、つい息子に重ねてしまいます。

 

食事を与えてもらえなかった子供、虐待で傷を負った子供、せめて親元から引き離すことで救えた命も多いと思います。

ですが他の世界を知らない子供にとっての施設という未知の場所は不安でしょうし、児童相談所も何を基準として親と引き離すのかという法的なものも難しいのだと思います。

 

さて少し話はそれますが、私の妻の知り合いに不妊治療の末子供に恵まれず、養子を迎えた夫婦があるそうです。

その話を妻を経由して聞く限りには、養子の子供は「今のほうが幸せ」と言っているそうなんですね。

その子供がどんな境遇であったかまでは妻も知らないようですけど、大人なりに解釈すれば想像はつきます。

やはり大人から見てよくない環境というのは子供にとって良くない環境だと思うのです。

満足に食べるものも与えられず、親からも虐待を受ける子供が、何を心のよりどころとして生きればいいのかと考えるだけで悲しくなります。

 

命はどんなときにも必死に生きようとします。

でもある日突然、いとも簡単に失われるのも事実です。

体に殴られたようなあざや切り傷をつけた子どもがいる、汚れた衣服を着て食事を与えられていないような子どもがいる、子どもが厳冬期に戸外に長時間出されている、子どもの姿は見たことがないけれど火がついたように泣いているのがいつも聞こえる、小さな子どもを残して両親がいつも外出し食事や世話を十分にしていない…。このように、著しく様子がおかしい、適切な養育を受けていない子どもがいるようだ、と気づいた方は地域の児童相談所に通報してください。事実を目で確認しなくても、匿名でも通報することができます。

引用:オレンジリボン運動相談窓口

オレンジリボンのホームページよると、児童相談所へは全国共通ダイヤル「189」で匿名でも通報することが出来るそうですし、周りの大人が少しで助けてやれるようにな体制が整うといいなと思います。

 

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